野菜しか並んでいないはずのところに、チキンが置かれていた。
大学の食堂は、上から見ると、左右二つに分かれている。入ってすぐの左側は、肉類、稀に魚類、パスタ、ピザなど約10種類が並んでおり、反対側、食堂の右半分には菜食主義(ベジタリアン)専用のコーナーが設けられている。品数は半分ほどだが、充実している。
そして、この菜食主義コーナーで見つけたのである。
チキンを。
思わず二度見をしてしまったが、よく目をこらすと Chick’n と書かれてある。つまり、Chickenではないようだ。発音するのであれば、チッ(キ)ンである。なんとも軽快な響きだ。
しかし、考えてみると、菜食コーナーはそんなものばかりで、Chick’n の横にあるのは、ハンバーガーの肉もどき、である。様々なものを刻んで固めた痕跡のある、”肉っぽい何か”。モザイク模様が施されているそれは、パンの間に挟むより、飲み物を置くコースターにしたほうが良いのではないかと最近思う。色も鮮やかなので、丁度良いはずだ。
そんな具合にChick’nをしばらく観察していたら、同じことを考えていたと思われる人たちの、会話が耳に入ってくる。
「この物体、本当は何でできてるんだろうね」
「ここ、ベジタリアンのコーナーだし、豆腐じゃない?」
と
生徒ではなく、食堂の人たちが、やたら明るい口調で言葉を交わしている。
視線を上げると、ずずーっと音を立てながら黒い液体を飲んでいるおばちゃんが、隣の若い食堂の男性に話しかけていた。
少しの沈黙があり、感慨深そうに食堂のおばちゃんは言ったのである。
“I don’t know what it’s made of —
「まぁ、何からできてるかは知らないけど、
but I know it’s not chicken”
チキンでないことは、確かね。」
間といい、表情といい、説得力が抜群とはまさにこのことである。
隣の男性は興味なさそうに、拭くところの残っていない銀色のカウンターを、布巾でこすっている。
Chick’nは、鶏肉とは違うと控えめに自己申告しているのでまだ良いが、食堂の反対側で提供されている ”Chicken” も、なかなか怪しい。全部同じ形で、噛んだ時も、なんというか、繊維が、整っているのである。
その横に置いてある、かごの中に盛られているりんごたちも、そうだ。春夏秋冬、同じスタイルを維持している。
ボディビルも息を呑むような輝きを放っている、テカテカのりんごたちは、りんごの木から採れたものじゃなくて、一つ一つ工場で作られているんだよと言われてもおかしくないほど、全員、同じ姿形をしている。
ちょっとだけ、ワックス塗っちゃおっか? から始まり。いつの間にか、これ、りんご丸ごと、工場で作れんじゃない?作ろうかしら。みたいな。
とりあえず、りんごを手に取り、チキンもどきを写真に収めようと、ちらりと先程のおばちゃんと男性をみると、名言おばちゃんはまだ、Chick’nを眺めていた。おばちゃんは、カウンターを拭く、若い男性の背中に向かって、一言。
“Whatever this is
「これが何であったとしても、
先程と同様、間が数秒。
we gotta keep on movin’ “
私たちは前に進まねばならない」
彼女の発言は、深そうで、深くないのか。
深そうで、深いのか。
とにかくひとつ確かなことは、すべて名言に聞こえる、ということだ。
手にとっていた、りんごを囓る。先週、食べたのと同じ味、おいしすぎず、不味すぎず。最低限りんごを食べているとわかるような、安定した、りんご味。やっぱこれ、工場で作られているんじゃないかな。
まぁ、前に進むけど